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目 次
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| 1 農業への回帰
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| 2 1本の電信柱で戦禍を免れた
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| 3 連載 第25回 『孫へのメッセージ』エッセイ風創作講座
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| 4 「軽井沢ヴィラArai」から
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| 5 編集後記
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| 1 農業への回帰
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| 13日の早朝。
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| 信州・佐久穂町の井出幸司さん宅で。
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ミニトマトの出荷手伝い。
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| まずは収穫から。
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| 赤みかがった大粒の採取。
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| ヘタの先からポロリと取れる。
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| 独特のトマト畑の匂いが充満している。
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小さなものは時々、自分の口へ。
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| 一袋7個入りで約330グラム。
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| かなり大粒だ。
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300グラムが条件だが、少しおまけの設定にしてある。
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| この日は60袋、2箱のみ。
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| それでも嬉しくて、出荷場まで同行させていただいた。
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「出荷」の喜びは格別だ。
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| 話は変わるが、あくる日の14日。
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GREE友達からこんなメールが届いた。
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| ・・・・・
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| 秋も深まりましたね。
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| 私がお世話になっております無化学肥料、無除草剤のりんご園も収穫の時を
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| 迎え、リンゴの香りに酔っている矢先、私の目指す方向からの吉報を頂きま
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| した。有機農業を勉強し、ゆくゆくは就農したいと思っております。
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そしてその食材にて料理し、それを発信していけたらと・・・。
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| まだまだ先の長い話ですが。
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| 食物の危険が叫ばれ、お子様は野菜を嫌いになり。
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りんご園のオーナーから聞かされた農薬まみれの販売野菜の現状・・・。
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| 少しでも多くの方に。
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美味しくて安全で豊かな食卓を囲んで欲しいと思います。
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| まずは農業研修先の見学へ行かせて頂くことになり、明日北海道へ参ります。
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| すぐに戻りますが、もし受け入れてもらえるようであれば、すぐにでも移住
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| をしようかと思っております。
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| 文章大好き、編集大好きな女性が、「安全な農」に目覚め。
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| 一生の仕事にしたいと。
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| 細い体には、本当に覚悟が必要だ。
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| 決意したからには頑張って欲しいとは思うが。
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| それにしても、まだまだ心配だ。
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僕が編集の仕事を作れなかったことが心残りでならない。
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| さてさて。
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| 秋も本番。紅葉を訪ねてみたい今日この頃。
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| 皆様はいかがお過ごしでしょうか。
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メルマガ第25号をお届けいたします。
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| ご意見、ご感想をいただければ幸いです。
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(荒井 久)
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welcome@soriq.jp
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| 2 1本の電信柱で戦禍を免れた
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| 先週末、東京に住む従姉を迎えに行き、
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| 僕の運転で信州・佐久に向かった。
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昨年亡くなった僕の長兄・春近の1周忌に参加するためだった。
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| 従姉は那須かをるさん、85歳。
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大正13年9月4日生まれだ。
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| 他にも同乗者はいたが。
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後部座席のかをるさんとの会話が楽しかった。
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| 僕は終戦直後の昭和20年9月の生まれ。
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| その時、かをるさんはすでに二十歳だった。
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| 東京は焼け野原で、死体をまたいで歩いた。
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| 自分も空襲で危なかったが、1本の電信柱が救ってくれた。
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生々しい話だった。
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大好きだった彼が戦死しちゃって。
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| 親の都合で、この人と結婚しなさいって。
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言うままになった。
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| だから、私の結婚は人助け。
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| 人助けの人生だった、と笑う。
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その夫も、もはやいない。
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| かをるさんの母が長女で、僕の父が4男だった。
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| 祖母は5男3女を授かったのだった。
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| だが、あの戦争で、優秀だった2人の兄弟を亡くした。
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父からそう聞いたことがある。
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| その当時の祖父母、父の兄弟の話。
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| かをるさんは、まるで昨日のように、
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リアルに語ってくれた。
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| やっぱり、戦争はだめね。
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| ちょうど私は、胸の結核の影が見つかり。
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| 2カ月ほど佐久で過ごせた。
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お陰ですっかり元気快復したのよ、とかをるさん。
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| いつから喫煙を始めたのかは聞かなかったが。
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| いまだに、かなりのヘビースモーカー。
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| 朝食はいつも洋食。
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佐久でもピザを食べに出かけたかをるさん。
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| それでもピンピンとしているのは、どうしてなのか。
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| 結核の経験があり、ヘビースモーカーの85歳って。
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聞いたことがない。
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| 「かほる」ではなくて「かをる」がいやなの。
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| 古いよね、と笑う。
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その屈託の無さが、元気で長寿の秘密か。
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| そうそう。
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今回の1周忌では、僕が進行役を務めた。
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| それで。
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| 集まっていただいた皆さんに、お願い事をした。
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長兄・春近の思い出を語って欲しい、と。
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| そのために。
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| 沈黙の1周忌ではなく、和やかな1周忌となった。
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| 多くの方々が、昔の思い出を語ってくれた。
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そんな進行は、兄弟からも好評だった。
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| こんな時しか顔を合わせない親戚も多い。
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| せめてこんな時は、つないでいくべき、
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| 多くのことを語って欲しい。
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僕は、そう思った。
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これも、孫へのメッセージに携わっているためだろうか。
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| ◎読者からのメッセージ
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http://mago-me.com/dokusya.html
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| ◎ご意見、ご感想は、ご遠慮なくこちらまでお寄せください。
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welcome@soriq.jp
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| 3 連載 第25回 『孫へのメッセージ』エッセイ風創作講座 荒井 久
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| 日記を書くことから始めよう
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| 原稿というのは、すぐに書けるようで書けない。
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僕もそんなことをよく経験する。
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書く癖とか習慣が大事なようだ。
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| 現に僕は、毎日のように日記も書く。
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仕事でもある量の原稿を書いている。
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| ところが、日記を書かなくなると。
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| とたんに、筆が重くなる。
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| いや、パソコンが重くなる。
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なかなか書けなくなるのだ。
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| 毎日の習慣として書いていれば。
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| そんなこともなく、誰かに話すように書ける。
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そんな経験を何回もしている。
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| 日記がきっかけで。
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| 思いは過去へ遡り。
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あるいは未来へと駆け上がり。
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| 自然に書けるようになるのではないか。
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そう、思う。
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| そう。
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| まずは、自分の今日の出来事から。
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| 書き連ねてみよう。
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すこしずつ。
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| 例えば。
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| 今日は快晴。秋晴れの良い天気だった。
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そんなのでいい。
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| そんな1行の日記から。
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| そういえば、あの日も良い日だった。
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| 紅葉がとてつもなく美しかった。
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| 同行した彼女が、彼氏がこうだった。
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| こんなことがあった。
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そんな風に文章は増えていく。
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| いわば、誰かに語るように脳裏から引き出される。
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| それが、いつか。
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| 孫へのメッセージにつながる。
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僕は、そう信じている。
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(次号をお楽しみに)
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4 「軽井沢ヴィラArai」から
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